前述した目的の1つ目と3つ目は、すこし倒錯してはいたが故人を懐かしむ思いのようだった。
2つ目の目的は、彼のたったひとりの妹との遺産トラブル。
この話になって初めて、彼の両親が鬼籍に入られていることを知った。
わたしの知る彼の家族は人柄の良いばかりであったけれども、嫁という立場からは違った面が見えるのかもしれない。
彼女の目的の最たるものは結局、4つ目の「自分が浮気相手だったのか」という点だったように思われた。
『あなたの名前は覚えていました。つきあって2年目に、彼の手帳に大事に挟んであるあなたの情報をみつけてしまったからです。それから・・・つきあいはじめた頃、ちゃんと別れなければならない人がいると告げられてました。ああ、この人なんだなって』
ずいぶん大事にしてるのね!と、当時は大ゲンカに発展したそうだが、わたしの苗字があまりに珍しかったため、忘れられなかったのだという。
だからこそ、SNSでわたしを見つけるのも容易かったのだそうだ。
それらを乗り越え丸4年つきあったのち逆プロポーズで結婚したそうだが、彼の実家へ挨拶に行った際、彼は「3年つきあっている」と両親に言ったという。
「4年だよ」と訂正したが、彼はかたくなに「いや、3年だ」と譲らなかったらしい。
『もしかしたら、その1年間は、あなたとダブっていたんじゃないかとずっと気になってたんです。1年間、わたしは浮気相手だったんじゃないかって』
結論から言えば、彼女の懸念は事実であった。
彼がわたしにハッキリと別れを告げられずうやむやにしていた期間。
女性の影を感じながら、彼の言葉で別れを知りたかったわたしの苦悩の期間。
それが、その1年間だった。
年度末を迎えて彼が転勤することになり、同じタイミングでわたしは引っ越しのため住所と電話番号が変わった。
それにより、お互いに連絡することができなくなって、現在に至るのだ。
だが、今更それを彼女に知らせることになんの意味があるだろう。
彼女は若くして夫を失い、幼い息子を女手一人で育てている。
思い出にしていかなければならない故人に関して、わざわざ嫌な思いをさせる必要などどこにもないのである。
『彼の勘違いだと思いますよ』
わたしはそう打ち込んだ。
『彼がわたしに最後に語ったことは、次の年度には佐賀に転勤になるということでした。引っ越しとともに連絡できなくなって、それっきりです。だからダブっていたということではありません。
長い遠距離恋愛にケリをつけて、あなたという生涯の伴侶の手をとった。可愛い子供にも恵まれて、短い人生ではあったかもしれませんが、彼は間違いなく幸せだったと思います』
『ありがとうございます、そう言ってもらって胸が軽くなりました。あなたは幸せですか? まだ彼のことを思っていますか?』
『彼と別れなければ知ることのなかった人と巡り会えました。彼と同じくらい幸せですよ。あのひとのことはそれほど・・・いまは思い出すことはありません』
子育ては大変だけれども心を強く持って、息子さんだけでなくあなたが幸せになることにも敏感でいてくださいね・・・そう追記した。
翌日、彼女から最後のメッセージが入った。
『わたしとあなたはダブっていないと昨夜は言ってもらえましたが、やっぱり1年間はわたしが浮気相手だったのだとハッキリ分かりました。
彼の転勤先が佐賀だったのは本当のことです。
それまではただの同僚で、ずっとわたしの片思いみたいなもので、転勤が決まってもわたしの告白にうんとは言ってもらえませんでした。
わたしが一方的に佐賀に通って4年間。そのうちあなたという存在を知って、それでもつきあい続けて、その後の転勤を機にわたしがプロポーズして結婚したんです。
彼は転勤になったあの時点で、まだあなたと別れるつもりはなかった。
そのことがハッキリしました。』
いくつかの目的を果たした彼女は、その後すぐにそのSNSを退会した。
旅行で彼の故郷を訪れる機会もある。
彼が話してくれた子供の頃の思い出、彼に連れられて見た風景を思うと、すこし胸がせつなくなる。
いまは、ただそれだけだ。